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■眠りの知恵1 [健康コラム]

[夜]人生の三分の一を占める行為
●人間にとって睡眠とは何か
 なぜ、我々人間は毎日、毎晩、床の中で眠らなければならないか。取り立てて考えたことがあるだろうか。
 安眠できない不眠症者はともかく、一般の人間は日常生活において、特別に意識もせずに睡眠を迎え、睡眠に入ることができる。疲れたら眠って、疲労を回復する。つまり、人間にとって睡眠とは、日常生活を継続するためのごく当たり前の自然の行為ということなのである。
 それゆえか、昔から、覚醒(かくせい)時の人間の振る舞いや行動が礼儀作法とか、心得として関心を持たれていたのに対して、近代に至るまでは、人間の睡眠行為が研究の対象とされた様子がない。伝統的な日本のことわざや格言などを見ても、睡眠というものが空気や水のように身近な存在だったことがわかる。
 俗に「寝た間が極楽」という。夜、眠っている間は、誰でも無意識になれる。現実の心配事や苦労も、その時ばかりは忘れられ、極楽の境地を味わえるということである。
 顧みれば、封建時代、重い年貢に苦しめられ、朝から晩まで働きづめの毎日を送っていた農民は皆、このような心境にあったのだろう。武士のように刀は持てないけれど、商人のように晴れ着は着られないけれども、彼らと同様、農民も日が暮れれば睡眠だけはとれた。時間の長短はとにかく、睡眠はつかの間の幸せを運んでくれたのである。
 現代社会では、時によっては仕事で徹夜をする人もいるだろうし、広い世間には、夜と昼を取り違えたような暮らしをしている人もある。「町にネオンが輝き出すと急に元気が出てくるんだ」と、夜行性の動物みたいに、夜がくるのを待ち焦がれている人にも出会う。
 しかしながら、やはりこれは例外であって、本来、人間の眠りと目覚めは太陽のリズムに合わせて作られている。夜は眠り、昼は目覚めている。
 その肉体が宇宙天地大自然によって創られ、万有の法則に従って生かされている、いわば小宇宙である人間は、昼と夜という天の運行のリズムによって生命が支配されている存在であり、夜明けとともに起きて働き、日没とともに休み、夜の闇(やみ)に包まれて眠るということは、単なる生活上の習慣ではなく、宇宙の厳しいおきてであり摂理なのである。
 編集子にいわせれば、人間が十分眠れたということも、目の覚めたということも、みな自分の力ではない。我々を眠らせ、目覚めさせているのは大自然の力である。人の一生を支配するものは、昼夜にわたる天の運行リズムである。
 いかに文明が進もうとも、人間から睡眠を駆逐することはできないだろう。
 それどころか、一説には、すべての高等動物は、睡眠を奪われたら、ほぼ十日間で死ぬといわれている。
●人生の三分の一は眠り
 人間の天寿は百歳から百二十歳であるが、ある人の寿命を七十歳として考えても、一日ざっと八時間くらい眠る人間が多いことから、三分の一を床の中で過ごすとして、二十三年間は眠っている計算になる。十日間といえば、人間の一生の睡眠時間の中では、わずか〇・一パーセント程度にすぎない。
 いかに眠りが大切なものであるかがわかるだろう。
 生まれたばかりの赤ん坊のうちは、二十時間はたっぷり眠るものである。一日のうち、四時間しか目を覚ましていないわけだ。生後三週間になった赤ん坊は、一日二十四時間のうち、六十三パーセントの十五時間ぐらい眠るという。大人の睡眠時間は普通、八時間で、一日の割合はおよそ三十三パーセントだから、赤ん坊は倍も寝ていることになる。
 アメリカのクライトマンという学者の研究によると、新生児はいつでも眠り、いつでも気ままに目を覚ます。二十四時間を周期とする、覚醒と睡眠のサイクルが確立されるのは、生後六カ月ぐらいたってからだという。睡眠時間が七、八時間になるのは、十五、六歳頃からである。
 厳密にいうと、人生の三分の一以上は睡眠だから、もったいないからと省略するわけにもいかなければ、まとめてすます寝だめもできない。「デカンショ、デカンショで半年暮らす。後の半年や寝て暮らす」と歌にはあっても、実際に半年もの長い長い眠りがあったら大変。
 反対に全く眠らなかったら、これまた大変である。人間は発狂し、死んでしまう。
 断食ストはあるが、断眠ストにはお目にかかれないわけである。昔の中国には、断眠の刑という重い刑罰があったようだし、拷問に眠らせない方法があったのも、同じような理由からだろう。
 人間は、人生の三分の一を、眠りに当てなければならないようにできているのである。 大ざっぱにいって、目覚めが三分の二の十六時間、眠りが三分の一の八時間というリズムは、地球上どこへいっても変わりない。暗い夜が何カ月も続く冬の南極でも、やはり眠りと目覚めはこの割合で繰り返される。太陽が沈まない、つまり白夜のシーズンの北極圏でも同じである。
 我々人間は、これだけはどうすることもできないのである。
●生体のリズムを刻む体内時計
 人間は一日二十四時間の周期で、覚醒と睡眠を繰り返しているが、考えてみればこれも不思議な習性である。
 J・アショッフは、外の環境の変化による影響を遮断した地下壕に、四週間にわたって人を住まわせて、覚醒と睡眠のリズムに狂いが生じるかを実験した。もちろん、時計など時刻を知る手掛かりになるものは、携帯させていない。
 すると、真っ暗な部屋で生活した被験者が勘で決めた起床時間には、少しずつ遅れが生じ、約二週間で昼夜は逆転してしまった。
 この実験の結果、被験者は平均二十四・九時間で、一日のリズムを繰り返していたことがわかったのである。このズレは二週間も経過すると、昼夜が入れ替わるほどの長さになるが、時刻を知る手掛かりを全く失っているにしては、一日〇・九時間の誤差は驚くほど小さい。
 これが、人間が体内にあらかじめ、一日二十四時間を刻むリズムを備えていることの証明となった。
 このほか、人間の体温が二十四時間を周期として、規則正しく上昇と下降のカーブを描いていること、夜睡眠中は低く、午前四時頃が最低で、徐々に上昇していき、午後三、四時頃にピークとなって、また下がり始めることも実証されている。
 体温のほかにも、ホルモンの分泌量や血圧、脈拍や血液内の物質などにも、一日二十四時間のリズムがあることが認められている。
 人間と同様、動物も生まれつき、二十四時間のリズムを刻むというのもよく知られている。植物でもオジギソウは真っ暗な中に置いても、ほぼ二十四時間の周期で、葉を開いたり閉じたりする。
 こうした生体リズムをつかさどるのが生物時計(体内時計)で、地球の明暗サイクルに対して適応するためだ、と考えられている。植物はすべての細胞が時計を持っている。動物では脳に時計がある。核のない下等な単細胞生物でも、時間を計る時計を持っていることが確かめられたという。
 人間の場合、時差ボケや交代勤務の疲労だけでなく、肥満や薬の効きめなどにも、頭の奥で規則的な体のリズムを刻む生物時計が関与していることがわかってきた。
 その時計は、脳の視床下部の一部で、視神経が集まっている視交叉(さ)上核という一対の神経細胞群の中にある。その周期は先に述べた通り約二十五時間で、一日二十四時間とのズレを埋めるため、目から入る光を通して二十四時間のリズムを受け取り、視交叉上核が時計を同調させている。
 結局、宇宙の運行、太陽の光などに合わせて生きるように、生物は適応性ができている。だから、夜中の零時を中心にして、夜八時に寝て、朝四時に起きるべし、という私の主張は、立派に科学的な裏づけのある真理なのである。
 時差ボケの場合や、徹夜が続いて昼夜が逆転したりして、生活時間と体内時計がずれて生体のリズムが崩れると、睡眠障害、集中力や活動性の低下など、身体や気分に変調が起きてくる。
 こうした場合に、強力な光を朝、二時間程度浴びせて、生体リズムを元に戻そうという光療法が効果を上げている。冬季うつ病、つまり、日照の少ない冬場に、体内時計が順応できなくなる不眠症状などにも劇的な効果がある。強い光が体温のリズムを整える働きをするからだ、といわれる。
●さまざまに唱えられた睡眠学説
 睡眠については、「肉体から魂が抜け出るのが眠りである」という考えが信じられていた時代もあったが、十九世紀末になってようやく、睡眠のメカニズムの医学的な研究が始まった。以来、さまざまな睡眠学説が発表されている。主なものを紹介しておく。
 血行障害説は、夜になると脳を流れる血液が少ないため、大脳の血液循環が滞ることによる貧血、あるいは充血が原因で眠くなるとする考えである。しかし、調べてみると、起きている時も、眠っている時も、脳の血液量にはちっとも変わりがないことが明らかになった。
 疲労物質説は、フランスのH・ピエロンという研究者が、今世紀に入った一九一三年に唱えた説である。人間が活動を続けると、脳にピプノトキシンという特殊な疲労物質が発生する。それが脳細胞の働きを弱めて、眠くなるということを実験で証明し、世人の興味を集めたのである。睡眠中枢とでもいうべき脳の中の井戸から、あたかも水が湧き出すように眠くなる物資が現れて、我々を夢の国に誘うというものだった。
 睡眠中枢説は、脳幹部の間脳に、目覚めの中枢と眠りの中枢とがあって、目覚めと眠りをコントロールしていると考えたもので、睡眠中枢が刺激されて眠くなるという。この考え方によると、日本脳炎で、コンコンと眠り続けるのは、目覚めの中枢が壊れて働かなくなったためであるというわけであった。だが、近年の研究は、二つの中枢説を全く影の薄いものにしてしまった。
 抑制説は、大脳皮質のある一点が抑圧されると、これが大脳皮質全体に広がり、眠くなるとする説で、旧ソ連のパブロフが条件反射の実験から説明した。
 刺激遮断説は、アメリカ人生理学者クレイトマンが発表した説で、「生物は赤ん坊のようにいつまでも眠っているのが本来の姿で、起きているのは間脳中にある覚醒中枢が外側から刺激されるためだ」と唱えた。
 要するに、覚醒しているのは、外部のさまざまな刺激に不本意ながら反応している仮の姿で、夜暗く静かになって刺激も少なくなると、脳は本来の姿を取り戻そうとして、眠りに入るとするのである。
 この点、例えば朝がきて目覚める時、ただ何となく起きてしまうか、それとも何か刺激を受けて目覚めるかを考えてみると、大抵は何か思い当たる刺激がある。刺激は、窓から明るい太陽が差し込むとか、トイレにゆきたいとか、おなかが減ったとか、町の騒音とかである。
 反対に、眠ろうとする時はどうだろう。明かりを消すとか、ラジオのスイッチを切るとかする。トイレをすませておくことも欠かせない。
 つまり、目覚めと眠りは、体の内外から脳に送り込まれてくる感覚の信号によって、左右されているように思える。
 感覚の信号が強く出されている時、例えば「おなかがペコペコ、おなかがペコペコ、おなかがペコペコ……」という信号が、胃から脳へしきりにやってくる時は、覚ますまいとしても目覚めてしまう。反対に、眠りは信号が弱くなった時だ。
 ところが、さらに睡眠の研究が進むにつれて、このような感覚的刺激もリズム作りの本家とはいえず、せいぜいアクセサリー程度のものであることがわかってきた。
 その証拠には、眠り足りると、どんなに静かな暗い部屋でも、「もっと眠っていなさい」といわれても、眠れるものではない。床の中で、ただ漫然と目を閉じているか、あらぬことを考えたりしているのが関の山である。





■眠りの知恵2 [健康コラム]

[夜]深い眠りと浅い眠り
●睡眠物質を探る研究は今に続く
 睡眠を促す要因として、睡眠物質の存在を証明しようという研究は、今に続けられてきた。前述の学説で触れたピエロンの疲労物質説が、一連の研究の先駆けとなって、モニエという学者は一九六三年にウサギを使った実験で、睡眠物質の存在を主張した。モニエの研究によると、睡眠物質は脳脊髄液ばかりでなく血液にも存在するという。
 ほかにも睡眠物質の発見に情熱を注ぐ学者、研究者は多い。
 昭和五十年代はじめには、ハーバード大学、東京大学の両研究グループの実験によって、その物質は脳組織から分泌されるもので、化学構造としては少なくとも一つのペプチド型のアミノ酸結合が認められたという。
 植物でも、睡眠物質の存在を探る研究が盛んだ。マメ科の植物オジギソウは夜、葉を閉じて眠るとされているが、日本の教授グループによって、それら睡眠物質の化学構造が発表されている。
 また、人間の眠りと目覚めの関係は、体内から分泌される覚醒ホルモンであるノルアドレナリンと、睡眠ホルモンであるセトロニンの相互作用だともいわれている。私たちは、覚醒ホルモンの分泌とともに目覚め、日中活動する。そして、覚醒ホルモンの減少とともに眠りに就く。もし、覚醒ホルモンが一日中分泌され続ければ、熟睡できず、不眠症になる。睡眠ホルモンの役割は、この覚醒ホルモンを調整し、眠りを促進させることであるという。
 最近の研究では、ラットやサルを用いた実験で、プロスタグランジンD2とE2と呼ばれる物質が脳の中で働き、それぞれ睡眠と目覚めをコントロールしていることがわかったともいう。大阪バイオサイエンス研究所の早石所長が明らかにした成果である。
 動物実験で、一兆分の数グラムのD2を脳に注入すると、動物はじきに眠り始めることが確認されている。D2によって誘起された睡眠は、普通の睡眠薬による不自然な眠りとは違い、脳波などから見て自然の睡眠と全く変わりのないこともわかっている。
 このように、科学的にも睡眠のメカニズムについて、諸説が出され、いくつかのことが解明されているが、まだまだ未知の部分の多い領域だといえる。
●脳細胞の疲労を回復する作業
 ただ、眠りとは脳と体の興奮や活動が低下した状態で、睡眠と覚醒をコントロールしているのが脳であることだけは明らかになっている。
 脳といっても、脳幹と呼ばれる部分が睡眠と覚醒を調節しているとされている。大脳の内部にあり、古い皮質に包まれた脳幹は「命の座」といわれ、生命を維持し、成長を促す重要なところ。自律神経系とホルモン系を調節する間脳、中脳、橋、延髄などで構成されている。
 さらに正確にいえば、その脳幹にある間脳の一部に、視床下部という手の親指ほどのところがあるが、視床下部の一部で、視神経が集まっている視交叉(さ)上核という一対の神経細胞群の中にある生物時計が、目覚めと眠りのリズムを支配しているのである。
 視床下部はちっぽけでも、支配力は絶対的なのが特徴だ。もし、この視床下部の働きがコントロールできれば、「今週は疲れたから眠るとしよう。仕事は来週回しだ」とか、「この秋は大不作なので、一億総冬眠を実施する」などということも可能になって、世の中は一段と暮らしやすくなろうというもの。
 もっとも、「今夜はどうしても眠っては困るんだ」という意志の力によって、睡眠の不変のリズムに抵抗することはできる。仕事や授業の最中に、コックリ、コックリしては上役や先生ににらまれると考えて、必死に眠気と闘った覚えのある人もいるだろう。
 ちなみに、これまでの人間の断眠の世界記録は二百六十四時間、実に十一日間で、アメリカの高校生が学校の科学祭で記録したものだという。
 だが、このような抵抗は、偉大なリズムの不変性に比べたら、物の数ではない。時間にしてもわずかなものである。とにかく、睡眠リズムは一生涯にわたって続くのである。睡眠はすべての物事の根本で、生命が培われるのも夜の眠りの中である。
 昔から「動物を長く眠らせないと、ついには死んでしまう」といわれていたが、動物実験で連続的に刺激を与え、絶対的に眠らせないようにすると、十日以内にことごとく死んでしまうというデータが残されている。
 それはなぜか。まさか人間を使って試してみるわけにはいかないが、子犬を使って眠らせない実験をすると、六日間の断眠で体温が四~五度も下がり、脳細胞は一週間もすると壊れ始める。
 つまり、脳細胞は鋭敏な代わりに、すこぶる疲れやすいものなのである。我々は、脳細胞の疲労回復のために、眠るわけである。「ああ、眠くなった」というのは、脳細胞が「もう疲れました」と、危険信号を発しているものと思っていいだろう。
 よく「眠れない、眠れない」とこぼしている人がいるが、脳細胞は疲労がぎりぎりのところまでくると、ちょうど食欲と同じように、必ず休息、睡眠を要求する。逆にいえば、眠くない人は眠る必要がないのだ、といってもよいくらいである。
 いずれにしても、脳細胞の要求は尊重したいものである。というのは、脳細胞は百五十億個もあるが、これは生まれた時から備わっていて、ほとんど増えないし、その上、一度壊れたら最後、いくら養生しても埋め合わせのきかない貴重なものだからである。
 手足の皮膚の細胞などは、少々の切り傷、擦り傷ではびくともしないが、脳細胞はちょっとわけが違う。眠りによって脳細胞を休ませる必要は、誰もが拒めない義務のようなものである。
 睡眠は、脳細胞の疲労を回復する大事な作業でもあるわけだ。手や足は使わないでいるだけで、ある程度、疲れをとることができる。だが、脳は目や耳から絶えず刺激を受けていて、機能し反応し続けているのである。起きている間は、脳に休息はない。脳を休ませるには、眠るしか方法がないのである。
 大脳の正常な働きを担っているのは、グルタミン酸を分解したガンマアミノ酪酸だとされている。人間が活動を続けると、次第にこのガンマアミノ酪酸が分解され、ガンマハイドロオキシ酸とアンモニアに分解されるのである。
 徹夜で仕事をしていて、頭がボーッとなり、集中力を失っていくのは、ガンマハイドロオキシ酸が脳に蓄積されるためである。
 これを取り除くには、睡眠をとるしかない。ほかに、特効薬はない。睡眠をとってはじめて、脳の疲労を回復、ひいては再びコンピューターに負けない脳力を取り戻すことができるというわけである。
●睡眠のパターンとサイクル
 さて、人間の睡眠は、脳波による測定が可能になってから、客観的に明らかにできるようになったのである。脳波というと、脳から発せられる微量の電波と思われがちだが、実際は脳の二点間の電位差の変動を示す。
 この人間の脳波は、一九二〇年代にドイツの精神医学者H・ベルガーによって発見された。脳波の発見から、はじめて本格的な睡眠研究が始まったといってよいだろう。脳波の波形の変化を捕らえることで、客観的に覚醒状態と睡眠状態との区別ができるようになり、また、睡眠の深さや経過を知ることができるようになったのである。
 以後、睡眠の研究は日進月歩で進んだ。一九五〇年代中頃には、睡眠にレム睡眠とノンレム睡眠という、二つの質の異なる眠りがあることが明らかにされた。
 その後、目覚ましいエレクトロニクスの発見のお陰で、驚くほどの発展を遂げる。脳波を記録して分析することによって、病気の診断と治療に役立つばかりではなく、精神医学は飛躍的に進歩したのである。
 その脳波を調べることで、眠りには、五段階のパターンがあることがわかっている。人間の場合、約九十分周期で、いくつかの脳波を組み合わせた五段階の睡眠パターンを経過するといわれている。
 まず、ノンレム睡眠が、第一度から第四度までの四つのパターンに分けられる。眠りの深さは、第一度は浅く、第四度で最も深い眠りに就く。この違いを明らかにするのが、脳波の波形だ。
 人間の脳波は、はっきりと目覚めている時には、ベータ波という非常に速い波が見られる。それが安息時に、リラックスしてきてぼんやりしてくると、波はだんだんと遅くなってアルファ波となり、さらに浅い眠りでシータ波に移行する。そして、眠りがいっそう深くなると、大きな振幅のデルタ波が見られるようになる。この波が遅くなるほど、眠りは深くなっていくのである。
 ノンレム睡眠が第四度まで到達すると、その後は第三、第二、第一と浅い眠りに戻り、レム睡眠へと向かう。この一連の変化でも明らかなように、普通、レム睡眠はノンレム睡眠の谷を経過した後で現れる睡眠である。
 そのレム睡眠の時には、眼球がキョロキョロと動くので、英語の頭文字をとってレム(REM=Rapid Eye Movement)睡眠という。もし、眠りに入ってすぐレム睡眠が起こるとしたら、異常である。
 専門家によっては、ノンレム睡眠を徐波睡眠、レム睡眠を逆説睡眠と説明する場合がある。徐波睡眠の命名の由来は、睡眠が進むにつれて脳波がゆっくりした波、つまり徐波になっていくからである。
 一方、逆説睡眠とは、脳波パターンでは目覚めているように見えても、その実やはり眠っているという逆説的、パラドックス的な現象に思えるために名づけられた。
 いずれも表現こそ違え、ノンレム睡眠、レム睡眠と質は変わらない。
 ちなみに、ノンレム睡眠を脳の眠り、レム睡眠を体の眠りと呼ぶこともある。睡眠中、脳波、眼球運動、筋電図、呼吸曲線などを測定、観察すると、ノンレム睡眠は脳を休め、レム睡眠が体の疲れをとっていると判断できるからである。
 一晩の睡眠の経過を図で描けばより明らかなことだが、人の睡眠の大半をノンレム睡眠が占める。だいたい一回のノンレム睡眠は三十分程度。人によっては、一時間以上も続く場合もある。
 眠りが深くなり第四度に達すると、名前を呼んだり、ちょっとつねったくらいでは目覚めない。この後、第三、第二、第一度と次第に眠りが浅くなり、寝入りばなと似たような脳波になる。すなわち、レム睡眠を迎えるわけだが、ノンレム睡眠の第一度とは眠りの質が全く違う。急速眼球運動を起こすが、多少の物音では目覚めない。強く揺すれば目は開けるものの、すぐまた眠り込んでしまうのである。
 普通、レム睡眠はほぼ九十分周期でやってくると見られている。要するに、ノンレム睡眠の第一度からレム睡眠までを睡眠の一つの周期として、このサイクルを約九十分、一時間半で繰り返しているのである。人間は、このサイクルを一晩に四~五回繰り返して、朝の爽快な目覚めを迎えるのが一般的である。
●宵型の深い眠りと朝型の浅い眠り
 よい睡眠とは、爽快な目覚めといい換えられるほど、密接な関係にある。よい睡眠がとれた時は、朝スキッと起きられるし、逆に爽快な目覚めを伴わない眠りは、長短にかかわらず睡眠時間に不満が残るものだ。
 要するに、よい睡眠とは、目覚めた時に満足感が得られることが条件になる。ぐっすり眠れたという感覚こそが、的確によい睡眠を表す言葉であろう。
 睡眠時間は足りているのに、どうもスッキリしないというのは、眠りの波が悪いということになる。眠りのリズムが正常であれば、目覚めは爽快であり、逆に眠りのリズムが狂うと、ストレスが解消されず心身の病気の原因にもなる。
 この点で、一般的にいって、精神労働者に比較して、肉体労働者のほうがよい睡眠、爽快な目覚めを享受しているという。
 肉体労働者は単純な、身体的疲労から睡眠に入るケースが多く、床に入るとすぐ深い眠りに陥る人がほとんどである。明け方近くには浅い眠りに移り、しばらくして目を覚ます。もちろん、ストレスや精神的な興奮などがないことが前提である。
 反対に、精神労働者は、浅い眠りがしばらく続き、明け方近くになって熟睡するタイプの人が多い。身体的なものより、精神的な疲労がよりたくさん蓄積するためである。
 いわゆる、肉体労働者が宵型、精神労働者は朝型と大別できる。宵型の特徴である早寝早起きが健康にいいことは、昔からの常識だ。朝型は深い眠りに入るのが遅いこともあり、どうしても睡眠が浅くなりがちで、爽快な目覚めも期待できない。
 よい睡眠、爽快な目覚めは、生体リズムとの関係のほかに、レム睡眠にも大いに関係する。
 人間を含めた高等動物である哺(ほ)乳類は、眠りのパターンの中に、このレム睡眠という特殊な睡眠状態を持つことが知られている。レム睡眠は、覚醒時に近い脳波を出し、体は眠っているが、脳は起きているという状態に特徴がある。
 体の眠りとされるレム睡眠が十分だと、満足感の得られる睡眠がとれるのである。新生児や幼児は、レム睡眠が睡眠時間全体の半分以上を占める。この割合は成長とともに減少し、成人で全睡眠時間の約二十パーセント、五十歳代を超えると十五パーセントぐらいまで減ってしまう。高齢者が長時間の睡眠をとっても、満足感のある睡眠が得られない場合がよくある理由は、睡眠のリズムが変化し、レム睡眠が減ってしまうからだ。
 私たちの記憶に残る夢は、ほとんどこのレム睡眠時に体験している。レム睡眠についての全容は明らかではないが、人間が記憶した情報の整理整頓が大きな役割だといわれている。非常に不愉快な心理状態の時に、少しの時間でも眠るとかなり穏やかな精神状態になるのは、好ましくない記憶を排除するレム睡眠の働きによるものである。
 人間の眠りは、肉体の疲れをいやすだけではなく、不快な記憶を脳裏の奥にある記憶の押し入れに片づけ、新しい明日に備える働きをしているのである。
●動物や植物の眠りというもの
 動物の眠りについても少し触れておくと、魚類と両生類には眠りがなく、眠りは鳥類と哺乳類、つまり、大脳の発達した動物の特徴だといわれる。ネズミを断眠させると、摂食量は低下せず栄養面では問題がないのに、四週間で死亡する。高等な動物は、眠ることが絶対に必要なのだ。
 また、狩りをする動物は、長く眠るという。獲物を倒し、飽食の後、ぐっすり眠る。犬も猫も、眠り方を見ると、この部類に属することがわかる。一方、狩られる側の動物は反対である。おちおち寝てはいられない。眠り込む時間も短くなる。
 眠りの型はノンレムとレム睡眠による超日リズムによって決定されるが、二十四時間リズムとともに、高等動物は二つの内的リズムを持つ。前者は動物の生態進化により作られたという興味深い説もある。危険な環境に住むヒヒには、レム睡眠がない。レム睡眠は夢見る時だから、猫は夢を見るが、ヒヒは夢を見ないということになろう。
 面白いのは、長時間にわたって泳ぎ続けたり、飛び続けるイルカやカモメなどは、右脳と左脳を代わる代わる眠らせているという報告である。片方の脳に深い眠りをとらせながら、もう片方の脳を目覚めさせておき、おぼれたり、地上に落下するのを防いでいるわけだ。
 植物の眠りについてもいうと、すでに十八世紀の植物学者リンネが、植物にも眠りのあることを書いている。オジギソウのように、昼夜のリズムに従って、葉を開いたり閉じたりしている草もあるのは、前述した。
 最近では、平成二年に、うまい米として知られるコシヒカリが睡眠不足になった、という話題があった。福岡県のある市で、田んぼの隣に立っている水銀灯の光に照らされるところでは、稲の生育がおかしいと農家がいい、調べたらその通りで市が補償したのである。水稲は短日植物なのである。よく眠らせないと米が育たぬのは、事実のようである。
 稲ばかりでなく、もちろん、人間の身体的な成長も、睡眠によって促される。
 よく「寝る子は育つ」という。これは理にかなった言葉で、うそでもデタラメでもない。睡眠と発育を促す成長ホルモンとの間には、密接な関係があって、睡眠中に、脳の中の小指の先よりもっと小さい脳下垂体から、成長ホルモンが分泌されることはすでに知られている。
 睡眠中、成長ホルモンが特に活発に分泌されるのは、入眠直後のノンレム睡眠の時だという。普通の成人の場合、眠り始めて七十分ぐらいで、血液中の成長ホルモンの量が最高値に達する。この睡眠と成長ホルモンの相互関係はきわめて密接で、入眠の時期が遅れると、成長ホルモンの分泌も遅れてしまうということもわかっている。
 しかし、睡眠中の成長ホルモン分泌現象は、成長とともに変化を見せる。研究によると、こうした生理現象が認められるようになるのは、生後三カ月ほどからで、成人のように眠り始めた直後のノンレム睡眠で、成長ホルモンが最高値を記録するのは四~五歳からのことである。
 それが思春期に入ると、睡眠中だけでなく、覚醒時にも成長ホルモンが分泌されるのである。成年期になって、再び睡眠中だけの生理現象に戻り、五十歳を超える時期に入って、眠っている時にも成長ホルモンは分泌されなくなってしまう。
 発育過程の子供にとっては、睡眠はまさに成長の糧である。
 また、私にいわせれば、人間にとって眠りが長寿の根本でもある。五十歳をすぎて成長ホルモンの分泌はなくなっても、正しい眠りの中では、疲れが翌日のエネルギーと変わるものである。さらに、宇宙大自然の力によって肉体が浄化され、肉体機能が自然作用的に調整されるから、よく眠る老人も長生きすることになるのである。





■眠りの知恵3 [健康コラム]

[夜]現代人の眠りについて
●現代社会と人間の眠り
 現代の日本においては、科学技術が発達し、社会が複雑化した結果、睡眠研究も加速度的に進展している。日常生活において不眠を訴える人が増え、睡眠を切実な問題として捕らえる場面が多くなったからである。
 最近では、デパートやフィットネスクラブなどに快眠コーナーが設けられるほどで、不眠症者ばかりでなく、一般の健康な人も睡眠に関心を払うようになったようである。
 新聞やテレビの報道によると、会員制フィットネスクラブなどでは、安眠をいざなうさまざまな仕掛けを設けているという。カプセルの中でリクライニングのいすに身を横たえ、アルファ波が出るとされる音楽を聞くクラブが多い。
 中には、音響を振動に変える音響体感装置付きのいすで体の緊張をほぐしたり、信号音を出すヘッドホンと点滅光を発するゴーグルで、脳や体のストレスを取り除いたりするところもある。
 このような施設がある世の中だから、真夜中に働く職場が増えている。二十四時間、地球をネットするコンピューター。速報態勢の情報化社会で、マネー戦争の金融業界をはじめ、さまざまな職場で、昼と夜との境界線が薄れつつある。交代制勤務や残業をする労働者ばかりか、子供の生活まで、夜へ夜へと傾いていく。
 昼間は起きて働き、夜は寝る。人類はずーっとそうしてきて、今、ほんの最近、夜と昼を逆転させてしまった。生き物としての人間は変わらないのに、私たちの生活は人類の長い歴史から急にはずれてきたのである。
 現代人はどうしてこうも、コウモリのようになりたがるのだろう。
 実は、近代文明とやらのお陰で、人間が徐々に夜行性になり始めてから、世の中がひどく乱れ、腐敗し、悪化してしまったのは周知の通りである。ほんの少し「なり始めた」ぐらいで、この始末だから、もし本格的に夜行性になってしまったら、いったいどんな悲惨な有り様になるか。
 大人ばかりでなく、今の現代っ子の生き方、あり方も、あまりに大自然という偉大な造物主の真理に背いている。
 小中学生は、体はまず健康に育っているのに、本人たちの心身の自覚症状は半病人並みだともいわれている。「朝からだるさや疲れを感じる」、「頭や腹が痛くなる」、「めまいを起こしやすい」と訴える子供が三分の一近くもあり、精神のひ弱い現代っ子を如実に浮き彫りにしている。
 これが、中高校生の約三割が、教師を殴りたいと思っているとか、四割が親に対して暴力を振るいたいと思ったといった、調査結果となって表れている。まさしく今の青少年は心身症まがいであり、現代社会の病魔をそのままに投影していることは、恐ろしいばかりである。
 こうした原因も、大人の社会を反映した夜型生活にあり、テレビ、ラジオ、ファミコンや漫画本で夜更かしをするためだという。夜更かしをして生きていては、健全な人間にはなれない。
●短くなりつつある睡眠時間
 「寝る子は育つ」、と昔からいう。だが、当節では眠ることもままならぬ。首都圏を中心にした調査では、中学生のほぼ三人に一人が、「今最もやりたいこと」と聞かれて、「もっと寝たい」と答えた。かわいそうな気がするが、子供の世界も忙しいのだろう。
 現代の子供は、習い事や塾から遅く帰宅する。受験勉強、テレビなどで遅くまで起きて夜食、翌朝は朝飯抜き。だから子供に動脈硬化、高血圧、糖尿病などの小児成人病が増えているのである。
 最近は、大人も夜型の生活が都会では多い。ある調査では、三十年間で、主婦の睡眠時間が三十分減って七時間十一分になったという。会社員を対象にストレスの実態を調べ、解消法を尋ねたら、男女とも「十分な睡眠」が首位だった。
 会社員の中には週末に睡眠貯金をして、日々の短い睡眠時間のつじつまを合わせている人も多い。睡眠時間は平日六時間四十六分、土曜日八時間五分。明日からの仕事を考える精神的重圧のために、日曜日の夜は寝つけないという。これでは、すっかり疲労が回復して、すがすがしい気分で仕事に取り組む日は、一日たりとないわけだ。
 日本人の全体的な流れとしても、睡眠時間は以前に比べて、徐々に短縮化の傾向を示している。
 NHKが五年ごとに実施している「日本人の生活時間調査」でも、その点は明らかである。昭和四十五年、日本人の一日の平均睡眠時間は七時間五十七分で、ほぼ八時間睡眠だった。それが十年後の五十五年には、七時間五十二分になり、五分短くなっている。さらに六十年には、七時間四十三分と急速に短縮化が進んだ。平成十二年には、七時間二十三分となり、調査の開始以来四十年間で五十分も短くなったのである。
 二十一世紀には、七時間睡眠時代が到来するかもしれない。スポーツ、文化施設の営業時間の深夜化、テレビ放送のオールナイト化。現代人を取り巻く環境は、いっそう睡眠時間の短縮化を促進する方向にある。
●睡眠はどれくらい必要か
 では、私たち人間は、どのくらい眠ったら、脳細胞の要求を満たしたことになるのだろうか。
 一日に七、八時間ほど眠る人が多いからといって、誰もが七、八時間以下では睡眠不足だといい切れない。
 ナポレオンやエジソンが一日四時間という短眠家であったことは、あまりに有名である。発明王エジソンなどは、一日に約三十分ずつ仮眠、これを三、四回繰り返すだけだったともいう。特に一八八八年、世界ではじめて蓄音機を発明した時などは、超人的な断眠を続けている。五日間、仮眠もとらずに徹夜で発明に打ち込んだと聞く。
 それほど昔の例を持ち出さなくても、短眠家はたくさんいる。売れっ子の芸能人には、四、五時間しか眠る暇のない人がよくあるそうである。
 必要な睡眠の量は、時間の長さだけでは示せない。眠りの深さが問題になる。かなり十分眠ったつもりでも、なかなか目が覚めにくいとか、頭がすっきりしないことがあるのは、この深さが足りないということである。
 もっとも、『人間の眠りの科学』でも触れたように眠りにも型があって、午前五時頃から七時頃の明け方にかけて、ぐっすり眠る朝型の人に、こういうことが多いのは当然である。朝型はあまり健康でない人、神経質な人によく見られる。いい換えれば、寝つきが悪いと同時に、寝起きが悪いのが朝型の特徴。
 これに対して、床に入るとすぐ寝つけ、一、二時間で深く眠るのは宵型といい、健康な人に多い型であった。
 毎朝、目覚めとともに、頭がすっきりしているのと、ボーッとしているのとは、気分的に大きな違いがある。とにかく、深く眠ることこそが大切である。果たしてあなたは朝型か、宵型か。現在の健康度のバロメーターになることだから、自己診断してみてほしい。
 最近、医学的によくいわれているところでは、質のよい眠りをとっていれば、睡眠時間は五時間ぐらいあればいいそうだ。
 個人差はあるが、今まで一日八時間寝ていた人なら、訓練で五時間までは支障もなく、比較的簡単に減らすことができる。ところが、五時間を切ると快適な生活は送れない。四時間ぐらいに減らすと、つらくて、日中のミスも多くなる。睡眠は夜にまとめてとる必要はなく、合計で一日五時間あればいいともいう。
●早寝早起きがもたらす快さ
 しかし、大自然の摂理に従うならば、睡眠は単に何時間眠ればいいというものではない。
 夜中の零時を中心にした前後四時間、その八時間こそが安息の世界であり、零時という真夜中に、幸福の神が訪れてくるのである。幸福の神とは、生命の根源である。
 「早寝早起きする幼児は健康児、遅寝遅起き子は大脳の活動が低く、活動のリズムが乱れるぼんやりっ子」ということが、徳島大学の教授の研究によって証明されてもいる。
 三~五才児を対象にした研究では、午後九時半就寝、午前七時半起床といった「遅寝・遅起きグループ」は、午前中、大脳の働きが鈍く、夕方になってようやく働き出すが、その働きの乱れが大きく、これは自律神経失調状態だと、危険性を指摘している。
 ところが、午後八時半までに就寝、午前六時半までに起床する「早寝・早起きグループ」は、フリッカー値という大脳の働きの検査でも、体温測定でも、正常な働きをする。
 昼間の生活のリズムが、睡眠と表裏一体の関係にあり、特に育ち盛りの幼児の発達の上で重要だ、というこの研究は、きわめて大きな意義がある。
 今の子供を見ると、朝からあくびをする、背中がグニャッとしている。すぐ疲れたという、ぞうきんが絞れない、立ちくらみや、めまいを起こしやすい。そういった虚弱な子が多いといわれているが、その原因として、幼児時代から大自然の摂理に反した睡眠をとっていたのが大きいことが、証明されたわけである。
 睡眠がいかに生体のリズムに影響があるか、まして幼児の場合、異常な睡眠を続けると、ボケ人間になってしまうことも考えられる。若者の間で問題になっている起立失調症候群の原因の一端も、異常睡眠に由来するのではないか。
 子供は、宇宙大自然に生かされるままに、自然に、肉体的に育てるべし。正しい眠りは体の疲れをいやし、人生の苦悩までも浄化し、肉体と精神を宇宙に還元する作用があるのである。
●短眠奨励説への反論
 「早寝早起き」、とりわけ「早く寝る」という言葉に、ずいぶんと違和感を覚えるという方もおられよう。
 なぜなら、いわゆる成功法の本の中には、眠りを減らすためのノウハウ書が少なからずあり、その内容は一律に「とにかく活動の時間を物理的に増加させること、それが成功への近道であり、眠るのははっきりいって時間の無駄」というものだからである。
 こうした短眠のノウハウをいろいろ試したという人によると、どれも長続きするものではないようだ。
 「意志の力」などというが、我々の意識しない部分で肉体がちゃんと正しい方向に向かっている時は、意志と肉体は相まって大きな力となるが、肉体に逆らおうとして意志の力を使っても、結局は無理があり、長続きしないようである。
 肉体の本来持っている機能を自然なものに修正するため、「眠くなったら寝る」、「八時間寝る」という、単純な生活を実践してほしい。
 また、短眠法においては、時間を計量している。時間が量的な損得勘定のレベルで捕らえられていると思われる。
 だいたい、夜更かしや午前様になって睡眠が不足すると、その日の疲れは当然、翌日に残ることになり、この疲労の蓄積は、やがて健康にも、事業にもよくない結果を招来することになる。
 周囲からはあれほど頑健に見えた人や、働き盛りといわれる年齢の人が、突然ガンを発病し、心臓病に襲われて、この世を去るというようなことがしばしば起こるのも、これは例外なく眠りが不足していることが、大きな原因になっているものである。
 照明文化に幻惑されて、早寝早起きを忘れた現代人は、早く疲れて早く死ぬ。ガンも心臓病も中風も老衰も、みな睡眠不足の差引勘定と知るべきである。
 人間の体というのは、例えてみればバッテリーのようなものだ。生きるためには無論、放電が必要だから、睡眠というチャージが十分に行われないと、バッテリーが上がってしまうことはいうまでもない。
 そもそも、人間には一日八時間の睡眠が理想的とされているのであって、忙しくて時間がとれないということで睡眠不足の人は、万難を排して昼寝を実行されたい。
 昼は、自力で働く、生きるという面の社会的人生。夜は、静かに休むという生かされの面の他力世界である。人間は夜つくられ、夜育つ。宇宙生命の他力を仰ぐ睡眠時間を軽んずる者は、命を縮め、不幸になる。
 元来、人間の苦悩や病気は自己意識の作るもの。自己意識で働き、環境からも動かされ、経済生活などからも大きく左右されて、心労、過労に陥りやすく、生命の原則からいえば、その生活ぶりは実に乱暴も、はなはだしいものである。
 ことに現代人には、苦楽の感情や好き嫌いがありすぎるから、休養日にも遊び疲れて、病院と裁判所とは満員になる。そして、自ら裁き切れない人生の矛盾と不合理が、心のガンとなり、肉体に投影して病気のガンを作るのである。
 その心を真空の中で浄化し、肉体を宇宙生命の大プールに任せて、充電し変える睡眠の重要性を忘れてはならない。
 老子は「無為にして化す」といった。何にもしない働き、宇宙生命は人間の休んでいる時、一番よく働いて、疲れや病気を治してくれる。睡眠は、薬や栄養に勝る肉体への絶対条件である。
●過ぎたるは及ばざるがごとし
 安眠は、健康作りの大切な要件である。だが、うっかりすると長時間眠るほど健康によいと、錯覚しがちではないだろうか。
 人間は起きる必然性がなければ、いつまでも眠っていられるともいうが、成長時期の子供や少年少女には、発育を促す意味でも十分な睡眠時間が必要にしても、成人に関していえば、長ければいいというものでもないようだ。
 一九七九年、アメリカのD・ワリプケが報告したレポートは、睡眠時間の過少だけでなく、睡眠時間のとりすぎにも警鐘を鳴らし注目された。
 ワリプケはアメリカ・ガン学会の協力を得て、百万人を超える成人の睡眠時間を調査して、六年後の死亡率との関係に一つの相関関係を見いだした。睡眠時間が七~八時間の人の死亡率は最も低く、それより長くても短くても死亡率が高くなる、というU字型の関係を発見したのである。
 死亡率の高い病気を患っている人は、睡眠障害を引き起こしやすいことなども考えられるが、とりわけ睡眠過多と死亡率の関係は、原因がわかっていない。睡眠時間も、過ぎたるは及ばざるがごとしということだけは確かであろう。
 睡眠が多すぎるほうでも、睡眠不足と同様に、治療の必要な過眠症がある。この病的なものでなくとも、「何となく、長く寝ているほうが健康によいと思い込む」ことの危険もあるらしい。
 アメリカの空軍基地の航空宇宙医学研究所でも、八人の健康な青年男子について、長く安静に横たわる影響を調べた。すると、脳波に重症の知覚欠損に似た変化を起こしたという。
 この点はともかく、興味を引かれるのは、寝たきりで下肢の運動を全然させなかった群で、レム睡眠の割合がだんだん小さくなり、生理的な睡眠に変調をきたした点である。対して、寝たまま下肢運動を行わせたら、変化がなかったという。
 つまり、長時間睡眠は、横になる時間の長さの悪影響も入る危険がある。やることがないから体を横にしていたら、ウトウトと眠ってしまったというのが、癖になると問題だろう。
 一般的にいって、睡眠が長い人は、内向的で神経質な人に多い。すぐに考え込んで、脳細胞を酷使しているからである。逆に、くよくよしない人、責任をすぐに他人に押しつける人は、睡眠が短くてすむ。
 ともかく、睡眠時間の長い人も短い人も、できる限り、毎日規則正しい睡眠をとる努力はしたいものだ。
 「睡眠中、よく夢を見る」ということを悩んでいる現代人もいるようであるが、結論から先にいえば、夢を毎夜見ても、快眠でき体調がよければ安心である。
 夢というものは、誰でも一晩に一、二時間は見ている。芸術家、発明家などのように直観的なイメージを大切にしている人は、夢をよく覚えているものである。
 普通の人が見ていないと思うのは、目が覚めた時に忘れてしまうからである。睡眠は一晩のうちに、深くなったり浅くなったりを繰り返すが、脳の眠りとしては浅いレム睡眠という状態で、夢を見ているのである。
 なぜ忘れるのか。脳は、左脳と右脳に分かれていて、いわゆる読み、書き、ソロバンは左脳の働きである。それに対して、右脳は言葉であまり表現できない直観的な判断をしている。夢には主に右の脳が使われるので、起きてから左脳で言葉に翻訳しないと、スーッと消えてしまうのだ。
 では、なぜ忘れてしまう夢を見るのか。人間の体は巧妙にできており、昼間に意識されたものがみな、潜在性意識の中に記録されているものである。その記録されているものが、寝ている時に夢となって出てくるのである。
 とにかく、体や脳の健康の根底を培うには、夜、十分に、安らかに眠らなくてはいけない。夜、安らかに寝るということは、昼間の働きになる。昼間の働きはまた、夜の眠りに関係をする。これは、切っても切れない、大切なつながりを持つということがいえるわけである。





■眠りの知恵4 [健康コラム]

[夜]熟睡と不眠の因果関係
●睡眠と不眠の因果関係
 現代人の関心事はいろいろあるであろうが、その中でも、「どうしたらよく眠れるか」ということについて、苦心を払い、悩んでいる人は多い。
 もし、現代人に、薬剤以外に睡眠の可能な方法が講ぜられ得るならば、大半の疾病は影を没するであろうとさえ思われるほどである。
 睡眠が十分にとれれば、睡眠の間に疲労は完全にとれ、臓器の機能的なひずみは調整され、赤血球、血糖、血圧は安定され、目覚めて起きる生活の喜びを満喫することができるだろう。
 このたった一つのことから、その人の生活を明るくし、生活に対する生きがいある感激を覚えしめることになるのである。
 ところが、眠いのを我慢して夜中まで仕事をしたり、テレビを見たりなどしていると、いざ寝床に入っても、なかなか寝つけないものである。何しろ、嫌がる脳細胞を叱咤(しった)激励して、無理やり働かせていたわけだから、その余勢というか、余じんのようなほてりが続いていて、とてもすんなりと眠れるものではない。
 体はクタクタに疲れていて、本当は眠くてたまらないのに、神経だけがピリピリいら立っている状態というのはつらいものであろう。
 「さあ、早く眠らないと明日がきついぞ」などと思うと、意識が余計にさえ返って、ますます眠れなくなってしまう。展転反側を繰り返した揚げ句、ヒルティの「眠れぬ夜のために」の教訓に従い、そんな時は少しも頭に入りはしないのに、あたりが明るくなる頃まで本を読んでしまうことも多い、という人もいよう。これでは、自分の生命を自分で縮めているようなものである。
 世界的に著名な作家、詩人で、同時に不眠症者だった人物は実に多い。彼らがきわめて優れた感性の持ち主だった証拠でもあろうし、著名な文学者にとって、不眠が優れた作品を生み出すモチーフに変えられるなら、不眠との同居も、ある程度は許容できるだろう。
 しかし、平凡で、規則的な日常生活を送らなくてはならないサラリーマンからすると、不眠の悩みは深刻である。
 不眠は夜間、正常な睡眠を妨げ、熟睡感を得ることによる精神的、身体的安定を妨害するばかりか、決まって昼間の充実した生活を阻害する要因になるからだ。不眠が原因で、仕事に集中できない。一日中神経が高ぶって、イライラしている。客と接していても、どうかすると眠り込んでしまう。サラリーマンであれ事業主であれ、これでは職業人として失格である。
 断眠や睡眠不足は、研究でもさまざまな精神不安を引き起こすことが報告されている。ある報告によると、断眠が気分の変化や作業能率の低下の原因になり、さらに過敏、猜(さい)疑的、注意集中困難などになると発表されている。とりわけ、気分の変化、注意集中困難、作業能力の低下は、何も長期にわたる全断眠で現れるわけではなく、一日から二日の短期間でも起こるとされている。
●眠りが足りないとどうなるか
 しかも問題なのは、情報化社会といわれる現代社会においては、不眠の引き金となる要因が身の回りにゴロゴロ転がっていることである。日の出とともに目覚め、太陽の沈むのを合図に床に就いていた原始社会と比べ、それは比較にならないほどの多さである。
 職場のOA化によるテクノストレスなどは、その端的な例だ。複雑な人間関係から生ずるストレスも、単純な原始生活からはおよびもつかなかったことかもしれない。
 このように、現代社会は高度で発達した文明と接する機会を我々人間にもたらした一方で、緊張や不安などさまざまなストレスを生み出す要因を作った。不眠の多くが日常生活でのストレスに起因するという分析結果からも、まさに不眠は現代人特有の悩みなのだということである。
 人間が自然のリズムに逆らっていると、ついに自然から見放されて、哀れな人間になるが、不眠症もその一つなのである。
 今、アメリカ人の三人に一人が不眠を訴え、そのうち半分はかなり重症だといわれる。アメリカに多いのは、個人主義が発達して、人間同士の競争が活発だからかもしれない。
 イギリス人も四人に一人、ドイツ人やフランス人も五人に一人が、不眠で苦しんでいるという。欧米の先進国を超えるほどの発達を遂げた日本も、同程度の五人に一人が不眠で悩まされていると見るのが一般的である。
 この不眠症の一つの特徴は、高齢者に多いことである。人間は年齢とともに、眠り方が下手になっていくともいう。年を取ると、眠りが浅くなる。さらに、リューマチやぜんそくなどの病気で、余計に眠れなくなる。何度も昼寝をして、夜になると眠れない人もいる。
 ある調査によると、老人の睡眠時間は、若い世代とそれほど違わなかったが、年齢とともに睡眠の効率が低下していた。夜中に目覚めることが多くなっており、浅い眠りが増える一方で、熟睡に当たる深い眠りが減っていたのである。
 若い頃の深い眠りが懐かしく、眠りに対する飢餓感が強い老人がいる。実際はよく寝ているにもかかわらず、「全然寝ていない」といい張ったりする。
 こういう不眠が重大な問題を内包しているのは、人生の三分の一を費やす睡眠をうまく管理できなくなってしまうばかりか、人生の三分の二を占める日常生活にも、支障をきたす性格のものだからだ。
 睡眠不足で、日常生活の判断力が鈍るなどというのは枝葉末節にすぎない。本当は、睡眠不足によって生命力が衰えるのである。生命の根源が枯れてしまうのである。判断力が鈍るなどというのは、その結果としての現象にしかすぎない。実相はそんな生やさしいことではないのだ。
 肉体の栄養を食物からとっているように、生命の栄養は眠りの中にこそあるというこの真理を、ぜひ認識していただきたいものである。
●睡眠障害のいろいろ
 「寝つきが悪くて眠れない」、「夜中に目が覚めて、それっきり寝つけなくなる」、「夢ばかり見て、寝た気がしない」など、不眠で悩む人の訴えは、実にさまざまだ。訴えにあるように、悪い夢ばかり見ているようでも、安らかな眠りにはほど遠い。
 その不眠の原因として考えられることは、寝る時に周りがうるさいといった環境の問題や、悩み事、ストレスが挙げられる。このほか、うつ病や分裂病などの精神疾患に伴うことがある。
 また、特定の原因は明らかでなく、眠れないことを悩み、寝る時に「今晩も眠れないのでは」と心配し、悪循環に陥っている人もいる。
 不眠を訴える人の中には、自分の睡眠時間を過小評価しているケースが案外あるのである。三、四時間しか眠らなくても、ぐっすり眠れたと感じる人がいるのに対し、脳波は八時間ほど眠っているのに、睡眠不足を感じる人がいる。
 実際、医者に相談にくるケースで最も多いのは、睡眠に異常が認められないのに、主観的に不眠を訴える、いわゆる偽不眠症者だという。床に入ると、「眠れない、だが眠りたい」と強く願望するあまりに、かえって眠れない精神状態を作り、熟眠感が得られないという具合である。
 まれには、夜中に息が止まる睡眠時呼吸障害という特殊な病気もある。睡眠時無呼吸症候群ともいい、起きている時は正常に呼吸しているのに、眠ると十秒から二分ぐらい、繰り返し呼吸が途切れる病気である。
 睡眠中の無呼吸は、健康な人でもよく見られるが、十秒以上の無呼吸状態が一時間の睡眠に五回以上ある時、この病気と診断される。
 脂肪が沈着するなど気道をふさぐ原因があって起きたりするもので、圧倒的に男性に多く、年を取るに従って増える。女性も閉経後に見られるので、性ホルモンが関係しているらしいといわれている。
 こういう病気の人たちは、睡眠時間をたっぷりとっているのに、昼間に眠気を感じる場合が多い。呼吸が再開する時は、覚醒時と同じ脳波が現れるので、無意識のうちに、夜中に何度も目が覚めているわけだ。酸素不足から、日中、頭の重さを訴える人も多く、高血圧や不整脈、赤血球の数の増加、心臓肥大など、さまざまな合併症も起こしやすい。これらが、睡眠中の突然死の原因の一部になっている可能性が指摘されている。
 さらに、睡眠相後退症候群という睡眠障害がある。普通、眠気は、体温が一日のうちで最も低い、午前二、三時頃に最大になる。この病気の人たちは、体温が最低になるのは夜が明けてからである。当然、眠くなるのも普通の人より遅い。
 夜なかなか寝つかれず、朝起きられないため、宵っ張りや朝寝坊になり、学校や会社に遅れる。次第に眠る時間がずれていき、通学や通勤する気持ちを失ってしまうと、普通の社会生活ができない。こうした症状を睡眠覚醒リズム障害ともいう。
 普通の人間は、二十五時間前後の体内時計のリズムを、朝の光に当たることや、朝の食事や動き出すことなどで、一日を自動的に測定、昼夜の変化に合わせた二十四時間の生活ができる。睡眠覚醒リズム障害の人は、この体を合わせる体内時計の微調整が大なり小なりできなくなった人たちだ。夜、眠れないとか、寝つきが悪いとかの不眠症とは違う症状である。
 だが、入院してリズム調整すると不登校児も直るといった例が、近年、学会に報告されているという。
●薬物使用による不眠の恐怖
 不眠症については、国際分類法によって種類が分類されているが、私が特に問題にしたいのは薬物使用やアルコール飲酒による不眠である。
 おそらく世界一の不眠国であろうアメリカでは、睡眠薬の売れ行きも大したもので、すでに一九六〇年には、年間三十三億六千万錠の睡眠剤が売れたというし、また別の統計によると、重量にして三千五百トン、金額にして一億二千万ドルの売り上げがあったそうである。
 そこで、あまり眠れないので、やけになって、マサチューセッツ州のある町では、住民が「不眠コンクール」を盛大にやり、新記録を作った人を表彰したという話まであった。
 しかし、これは決してアメリカだけの問題ではなく、我が国でもすでに昭和四十年代後半で、睡眠剤の売り上げが三億九千万円から五億に上り、睡眠剤および睡眠作用を有するトランキライザーが、五百五十四種も発売されていたそうである。
 それからも、睡眠薬の使用は年々増加の一途をたどり、平成四年には日本全国で約十億錠が処方されたと推定されている。全国民が十錠近く飲んだ勘定になる。
 睡眠薬や精神安定剤、アルコールの連用は、レム睡眠を抑制したり、ノンレム睡眠を減少させたりする。このため、睡眠障害を起こし、使用を中止すると、さらに重い不眠を起こすのである。
 つまり、睡眠薬服用やアルコール飲用の弊害は、睡眠パターンを変えてしまうことと、習慣性にある。習慣性というと聞こえはいいが、中毒症状を起こすことがあるという意味で、入眠効果を求めるには、次第に睡眠薬やアルコールの量を増やさなければならないということもある。
 睡眠薬というものは、多かれ少なかれレム睡眠やノンレム睡眠の第三度、第四度を抑制する。本来の睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠を一晩に四、五回繰り返して、はじめて脳と体の疲労を回復するもの。その点、睡眠薬を服用すると、特に脳の正常な眠りを阻害してしまう。睡眠薬で眠った場合、目覚めが悪く、起きても頭がすっきりしないのはそのためである。
 こうした作用はアルコールを使用した時も同じで、レム睡眠を抑制し、泥酔状態では、レム睡眠が明け方まで現れないということもある。
 そういう睡眠薬やアルコールは、服用、飲用を中止した時の反動がまた怖い。例えば、睡眠薬の場合、服用をやめると、今度は逆にレム睡眠を増加させる傾向がある。レム睡眠の八十パーセントは夢を見ているとされているが、レム睡眠が極端に増加するために、始終夢を見ているような状態に陥ってしまう。
 このため、睡眠薬の服用を中止したことを契機に、睡眠は分断され、睡眠障害を起こすという具合である。
 もっとも、専門家にいわせると、従来の睡眠薬は脳の働きを抑える作用があり、服用を中断すると異常が起きたり、量が増えないと効かなくなるといった依存性が強いものもあったが、現在では、作用がやさしく、脳の緊張を和らげるような働きをし、依存性の弱い薬が出てきているという。
 薬を飲む場合の注意は、乱用は論外で、とにかく用法や用量をしっかり守ること。「今日は眠れそうだ」と飲まなかったり、「今日はぐっすり眠りたい」とたくさん飲んだりするようなことは慎むべきである。
 睡眠薬と違って、アルコールに関しては、入眠効果が全くないというわけではない。ナイトキャップの入眠効果は、研究で証明されているところである。
●眠気を催すからくり
 人間は心身が健康であれば、眠りは自然であり、自然な眠りによって健康も促進される。熟睡できないからといって、毎夜、薬や酒に頼っては、自然な眠りは得られない。それが習慣化すれば、体にも悪い。要するに、眠りの質が問題なのである。残念なことに、現代人は不眠症で悩む人が多いようである。
 不眠症に悩む現代人のために、いくつかの不眠症の克服法を紹介する前に、まずは、眠りのからくりから問うていく。
 人間の眠りは大脳皮質の疲労回復のためにとるものだが、この大脳皮質には、それぞれ異なった心の動きを営んでいる、新しい皮質と古い皮質があることがわかっている。新皮質は、脳の表面に覆いかぶさっており、古皮質は、その下に埋もれているものである。
 浅い眠りとは、新しい皮質だけの眠りで、深い眠りとは、二つの皮質が同時に眠ることである。
 電車の中で、ついウツラウツラ、これが新しい皮質の眠りである。新しい皮質が非常に眠りやすいということは、誰もがしばしば体験したり、目撃したりしているはずだ。例えば、会社で机の前に座って、ウトウトしている不届き者、学校で先生の講義を子守歌代わりに、気持ちよさそうに舟をこいでいる無作法者である。
 昼寝、居眠り、うたた寝、添い寝など新しい皮質の眠りは、しばしば行儀が悪くなりがちだが、この点さえ気をつければ、大いに有益なことはいうまでもない。
 新しい皮質はフルに働かせたら、二、三時間で疲れ果て、眠りたがるほどなので、眠らせることも比較的簡単である。
 かつて、猫の脳で、新しい皮質に密接な関係を持っているある部分に、電流で刺激を与えられるようにして実験を行ってみると、一秒間に数回継続する電流を三十秒間流して、三十秒間休み、これを繰り返しているうちに、猫は眠気を催してくるのか、首を垂れ、目を閉じ、やがてはゴロリと横になって眠り込んでしまう。犬でも、同じように眠り込ませることができる。
 外国には、脳の手術の最中に、猫や犬の実験で刺激を与えたのと同一の部分に、同じような電流を流したところ、患者が眠り始めたという報告がある。
 新しい皮質は、一定のリズムで繰り返している単調な刺激に弱い。電気刺激などという、物々しい方法によらず、我々人間はもっと手軽な手段で眠らしたり、眠らされたりしてきた。
 それは、音や振動によるリズミカルな刺激である。「コットン、コットン」という車が米をつく音に、水車小屋の番人は眠気を誘われ、よく居眠りをしたものだといわれる。そして、水車が止まり音がしなくなると、目が覚めたそうである。
 音があったほうが眠れ、静かになると目が覚めるとは不思議なようだが、単調でリズミカルな刺激を賢明に利用しているのは、世の母親たちだ。赤ちゃんを眠らせるのに、子守歌を歌いながら、揺すぶったり、背中のあたりを軽くたたいたりしない母親はないだろう。揺りかごの秘密もまた同じ。
 「坊やはよい子だ、ねんねしな……」と聞かされたからといって、まさか赤ちゃんが歌詞を理解して、眠るわけではない。母親たちは、自分のやっていることに、こんなに深遠な脳生理学的からくりが潜んでいようとは、思っていないかもしれない。
 世の中には、睡眠薬を飲まないと眠れないという人がたくさんいるが、それらの人は、もう一度、幼少の頃の母親の子守歌を思い出してもらいたいものである。





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